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March , 2010
Tuesday

Japanese Dhammadayada Ordination Program

第二回日本人短期出家コース 【8月コース】 2010 年8月6日~29日

この度、タンマガーイ寺院国際短期出家コースに参加させて頂きまして、本当にありがとうございました。今回は第1回という事もあり、大変光栄です。 私はタイ人の知人に誘われて4ヶ月ほど前に、初めてタンマガーイ寺院栃木別院に参りました。寺院はお坊さんをはじめ、集う信者の方々の笑顔が絶えず、とても明るい雰囲気の中、瞑想を教えて頂きました。最初は瞑想の効果も僅かではありましたが、確実に心の安定に作用していることを実感し、日常的に実践するようになりました。そんな折、本コースの開催を知り、迷うことなく参加させていただきました。参加するに当たっては栃木別院の住職をはじめ、皆様の支援により、嬉しさと共に多少の責任も感じておりました。その後とがごんコースを終了するまで終始心の支えとなりました。感謝します。 本コースは3週間という短期間の中で大変凝縮された内容でした。得度出家をするまでの特訓、様々な儀式や多くの高僧の説法、そして出家して僧侶となってからチェンマイに移動しても瞑想三昧の日々。お坊さんの指導を受けながら、1日に合計すると6時間にも及ぶ瞑想は、徐々に、しかし確実に刻一刻とその質が変わっていくものを実感しました。身体に痛みを感じたり、怠けが出て苦戦しながらも瞑想によて得られる幸福感や心の穏やかさは言葉だけでは表せないものです。それによって、日々での物事の観方、感じ方が確実に冷静で的確になったように思います。重要なのは、これから俗世間に戻っていってから実践していくかですが、瞑想を持続していく事で、どんな困難にも対応していけることを確信しています。 今回は紙面には示しきれない程、大変多くのご縁に恵まれ、タンマガーイ寺院での短期出家をさせていただきました。この喜びをすべての生きとし生けるものに廻向すると共に、すすべてが幸せになることを強く願います。ありがとうございました。 渡辺 佳英
  THE タハラ(出家者) プラカンティゴー/朝倉誠      去年の10月に某会で歩く瞑想を知った。それは歩く時の足の上げ下ろしをアナウンスし続ける単純なもので、何の意味があるのか…と思った。しかしこの単純な行為を30分ほど続けると、不思議なことに頭がクリアーになる。この現象が不思議でネットで瞑想を検索すると、瞑想には「観」と「静」があり、止を学び観で悟へと達するという流れを知った。 日本は仏教国である。禅寺で座禅を学べないかと調べると、お寺はたくさんあるのだが、本格的指導をしてくれるところがないのだ。ネットで調べるとタイやミャンマーの上座佛教で僕のニーズにあう指導をしてくれるところが数箇所あったが、タイのタンマガーイ寺院の出家コースを選んだ。その理由はお坊さんの人柄、優しそうな感じに惹かれたのだ。 この出家コースは3週間、得度で剃髪もあり、本格的僧侶生活を体験する。得度後は、法衣をまとい、僧侶としてのマナー指導や法話と瞑想が朝4:00~夜10:00まで続く。寺院見学、托鉢、灯明等々のイベントも豊富に盛り込まれていてかなりハードであるが楽しい。数々の学びの中でタイ国民の仏教への帰依の深さに感動し、涙を流してしまう体験を何度もした。タイでの僧侶への信頼や尊厳は、日本人の感覚を超えたものであり、厳しい227の戒律を僧侶は守り日々修行している。修行の中での瞑想は、素晴らしい結果をもたらした。ルアンピータナの講義で瞑想での疑問が解け、日本での仕事や生活のストレスもない環境で良き師の下での瞑想は法身へ大きく近づいた感がある。指導の通り表われた光輪の仏を第7ベースに持っていくと、自然に鳥の羽が水面にふわっと落ちるように定着した。体内から発光がある感覚で今までに感じたことのない心地よさと優しい光に包まれていた。 ・・・異次元の世界だ。 瞑想が終了すると、今までに味わったことのない覚醒した心地よい気分がしばらく続いた。担当のプラアージャーンにこの話をすると、DMCでルアンポータンマチャヨー大師がこの内容を放送してくださった。放送で見えた法身は本物であるから、これからも瞑想を深めていくようにとありがたい言葉を頂いた。言葉で表現尽くしきれない、深い感謝の気持ちでいっぱいになってしまった。 一緒に修行した24名の仲間、修行継続を決めた2名の仲間、世話をしてくださったルアンピーとスタッフにも深い感謝と幸せを祈念したい。
成田を8月5日に出発して、タンマガーイ寺院の宿舎に着いたのは夜中でした。何も分からず参加したのですが、参加した皆さんがとてもいい人ばかりだったので、とても良かったです。お経も良く覚えていない私でしたが、吉野さんやルアンピーたちにもよく教えていただきました。宿舎で一緒に洗濯をしたりしたもの良い思い出です。タンマガーイ寺院に来たのも初めてであまりの大きさにびっくりしました。僧侶の多さにもびっくりしました。僧侶の生活は初めてのことだったので、朝早く起きるのは辛かったですが、剃髪式の時はとても気持ちが引き締まる思いがしました。出家式では朝早くからとても緊張しましたが、ウボンラーチャタニーから妻の家族も来てくれ、とても嬉しかったです。出家式が無事に終わって、次の日は托鉢をしました。托鉢も初めてのことです。気持ちが引き締まる思いがしました。 次の日はバスでチェンマイへ移動です。11時間かかって着いたところはワットギウロムというお寺でした。そこで瞑想やルアンピーの説法を聞き、とても勉強になったと思います。瞑想も初めてだったので、最初は目を瞑っても何も見えませんでした。 毎日の説法を聞いたりしているうちに、だんだん小さな光の玉が見えるようになってきました。それは瞑想を始めて2週間くらい経ってからのことでした。目を瞑ると光の輪が次々に現れてきたのです。この国際短期出家コースに参加したのは、瞑想がやりたくて参加しました。チェンマイという良い環境の中で瞑想が出来たことは、僧侶の皆さんやスタッフのおかげだと思っています。ありがとうございました。 茂木 房雄
去年行われたタンマガーイ寺院での国際短期出家コースに参加し、今回2回目の参加となりました。前回はチェンマイでの瞑想コースが終了し、本人に戻る途中にランパン県でバス事故に遭って、3度の手術を経験するという波乱万丈の展開でした。 その後、5ヶ月間僧侶を続け、また、時間のある時は友人僧侶の翻訳等のお手伝いのボランティアをしていました。お手伝いをする原因となったのは、コースに参加し1週間程でそれまでの瞑想では得られなかった体験をしたからです。それは何度か現れていた光り輝く玉が体の中心に位置すると、ゆっくりと透明に変化していったことです。玉の隅々までハッキリと見透ける、輝くような透明でした。 その後は二度と現れることはなく、この体験をしたくて、この短期出家コースに参加したこともいえます。又、タンマガーイ瞑想を夫婦で実践してから、家庭内が平和になり、自分自身の欠点である短気さが幾分治まったように感じたからです。 しかし、昨年の体験から一つの不安がありました。それは「托鉢」をチェンマイでの寺院で何度か行うと言うことでした。日本では「布施」と言う行為が多くの宗教によって悪用されており、それが日本人の宗教嫌いに結びついています。それがタイでは、布施する者とされる者が純粋な功徳を得る行為として息づいていることです。自分自身が布施される立場になってみると信者側のひたむきな信仰心が伝わってくることは勿論、僧侶の「偽善のない自分自身の役割への真剣さ、命を懸けた、ひたむきさ」が実感されたのです。自分のような言わば遊び半分のような短期出家者が受け取れる行為ではないと恥ずかしさと後ろめたさで一杯でした。今回は前回と違って日本語コースと言うことで、前回の夕方のお経を唱える時点で、「布施・托鉢」に関して、僧侶が毎日、何を自分に問うているのか、良く理解できました。人の施しで生きている僧侶が一時もこのことを忘れることなく、自分自身を見つめ、修行し、信者のために、功徳を生じさせることに心を粋いているかを知りました。今の自分に布施を受ける資格があるとは言えませんが、せめて短期出家の期間が終わるまでは、一時も気を抜くことなく、真の僧侶である心と行動、言葉使いを心掛け、信者さんの気持ちを裏切らないようにと誓いました。 チェンマイでの最終回に「托鉢」を行いましたが、何軒かの家はとても貧しく、ご飯のみを布施してくれました。 布施は金額多力でもなく、物品の豪華でもなく、布施する者の気持ちであることが真から理解できました。 来年以降も日本人短期出家コースは開催されるでしょうが、この「托鉢」体験を多くの人達に体験してもらいたいと思います。 仏教国であった日本人であれば、このコースでの「托鉢」を体験すれば、仏陀の説く「布施」の真の意味が分かると感じました。 瞑想の上達に関しては、ただ瞑想だけを一生懸命やっても意味がないことを今回の参加で遅いですが知ることができました。 短期出家コースに於ける総ての訓練一つづつに瞑想の上達につながる効果があるのです。住職の言葉である。 「昔の悪い行いは忘れ、よい行いだけを思い出す。これからは良い行いだけをする」を心掛け、子供時代の純粋な気持ちに戻れるよう努力して、瞑想に励みたいと思います。 このような貴重な体験をさせていただいたルアンポーをはじめ僧侶・寺院関係者、ご支援くださった信者の方々に心より厚くお礼申し上げます。 吉野周治
この度は、特別のお計らいの短期瞑想研修を、実践させていただきまことに有難うございました。多少は書物を読みかじり「瞑想」の何たるかは理解しておりましたが、私が考える以上に高度で奥の深いものでした。これはやはり、実際に体験しなければ分からないものです。 私が今回研修させていただいた理由は、私が現在学んでいるのは大乗仏教です、同じ仏教とは言いながら、小乗、上座部の仏教その違いを仏教国タイにおいて学べる、「瞑想」を柱とした、タンガマーイで、私の指導教授である 三友、高橋、両教授とともに研修させていただいた次第です。 「瞑想」に関して言えば、単純に坐を組めばいいというものではないし、自分自身の瞑想するテーマどのように構築していくか、これが瞑想する事前の基本であると思います。 私は、瞑想センターに来る寸前に、副住職様の事務所にご挨拶に伺いました この時にご講義いただいたのが、やはり瞑想です。そして1ポイントから7ポイントまでの人体モジュールを用いての説明でした、理論整然としていてこの説明頂けなかったら今回の「瞑想」は一歩も踏み込めなかったであろうと思います。 今回の私のテーマは「自分自身」です、雑念をそぎおとして、ピユアな自分自身に、その自分との対自です、とてもとてもだめでした、しかし、瞑想する自分がニュートラルな自分にと、試みてみました。一度だけイメージ対象を変えて瞑想を試みた結果多少の不思議体験がありましたが100%ではありません。この1から7までのステップ、インドのヨガチャクラ、中国の気功等とはまったく違います。このステップの理論をもっと噛み砕いたうえで瞑想を実践すればとも思いました。 最後になりましたが、ご指導いただいた、導師の諸先生に深く感謝いたします、揺ぎ無い確固たる信念、大きく深い寛容の精神、優しく魅力ある指導力、ものすごく魅力を感じました。 簡単でございますが、タンマガーイ寺院のますますの発展を心からお祈りいたします。 立正大学大学院 仏教学専攻 博士後期   近藤信一
出家得度式の手順 出家得度式は、以下のような順序で進行されます(都合により、所々変更する場合があります)。得度式までの 1 週間リハーサルを行います。下に貼ってあるリンクをクリックすると、式典の各段階で行われる読経をダウンロードすることができます。また、下記にある PDFアイコンをクリックして、読経のテキストを見ることができます。 右繞三匝(うにょうさんぞう) 右繞三匝は三宝(仏法僧)に帰依する儀式です。列をつくり本堂のまわりを時計回りに 3 周することで、仏、法、僧に帰依を表します 出家希望者は頭髪、顎鬚、眉を剃り、手足の爪を切って身支度を整えます。そして、三本のハスの花束・ロウソク・線香を受け取り、祈りの形に合わせた両手の中に挟みます。そして、指示に従って年功順に列をつくり、本堂の北側へ歩きていきます。行進は、年長者を先頭にして右側からはじまります。   .   蓮の花を受け取った出家希望者は、前後間隔を 1 メートルずつあけて各横列ごとに並びます。     .   右繞三匝の法悦感の中、出家希望者は下を向いて静かに歩きながら、「イティピソー」から始まるパーリ語のお経を唱えて三宝に帰依します。また、澄んだ輝かしい水晶玉が身体の中心に浮かんでいる様を視覚化し、穢れのない純粋な心の維持に努めます。 . .   巡回での読経 右繞三匝(うにょうさんそう)後、出家希望者は一列に並んで出家得度式の会場に入り、儀式場に敬意を払います。ここはサンガ ( 僧団 ) がサンガカンマ ( 僧団の儀式 ) ...
この度は、国際短期出家修行に加えていただき有り難うございました。 出家受戒の厳粛な式典と釈尊以来連綿として続いている伝統佛教上座部の戒律と瞑想(禅定)に深い感動を受けました。また副住職さまからは、お忙しい中を謁見させて頂いた上に懇切丁寧にタンマカーイの法身の説明をしてもらい、これから始まろうとする出家修行に決意を新たにすることができました。 チェンマイでは、タナブト比丘、ターニョ比丘、プンヤ・テーショー比丘のご指導と快適な環境と森林での瞑想により、身体中にまぶしい強い光りと今まで受けたことのない喜びを体験しました。初めての体験であり、これがアビダルマで説かれている初禅の「喜」の境地だと教えられ、学問では得ることの出来ないことを身体で実体験致しました。 当初、教えられたとおりに水晶玉をイメージしようとしたのですが、なかなか精神統一が出来ず、次に数息観を行い、ようやく精神統一ができ、足の痛みも時間も忘れる状態のなかで、まぶしい光が身体全身を照らし出し、あまりの明るさに目をつぶり、手をかざして強い光りを遮ろうとしました。しかし、実際は瞑想中で目を閉じていたのです。その強い光りとともに、三帰依の経文(ブッダン サラナン ガッチャーミ・・・・・)が繰り返し聞こえ、まさに至福という表現そのものの喜びと幸福感を得て、そのなかにゆったりと浸かってしまって瞑想時間が終わってお経が始まっているのさえ気がつかないほどでした。 また托鉢にも連れて行ってもらったときには、釈尊もこのような衣を着て托鉢をされていたのかと感慨無量で、村人の差し出すご供養の品々に感涙抑えがたく、本来なら落涙してはいけないのに、涙が止まりませんでした。 タナブト比丘、ターニョ比丘、プンヤ・テーショ比丘のご指導により、このような感動を受けたことを心より感謝申し上げます。 これからは、このすばらしい体験を学生たちにも薦め、多くの人たちが瞑想のすばらしさを体験してくれるように大学でも講義のなかでタンマカーイでの体験話をしてあげようと思っておりますし、今後は八斎戒を守った生活を自らも守り、他人にも薦めて行く所存です。 また初禅の境地を体験出来たので、これからさらに第二禅の境地へと進めるように、毎日瞑想を行っていく積もりです。 プンナコー 立正大学教授 三友 健容 合掌
今回のコースには、本当に私は参加する予定ではなかったのですが、ラオスのビエンチャンで朝倉さんに会ったことで、私の旅の進路は急激に変わり、あれよあれよの内に、この国際短期出家コースに参加させていただくことになりました。 もちろん、自慢の髭をそってまで参加するのですから、仏教と瞑想には興味があったのですが、まだ年齢も若い上に、学生の頃もあまり勉強をしなかったので、実は仏教に限らずですが、知識があまりになく、そのせいで他のコースの参加者、つまり、大学の先生や生徒、その人並みの人達と話すことができるのか?また迷惑をかけることがないかと不安もありました。しかし実際に会ってみると、皆優しく、穏やかで、私が分からない所も丁寧に教えてもらったりして、とても楽しく過ごすことが出来ました。特に年も近い永島君と角田君には、私よりも年下なのに、2人共とてもしっかりしてて、驚かされたと同時に、たくさんのことを学ばせてもらいました。コース自体の内容も、とても良く、野外で寝てその日のご飯も食べれるか分からない生活をしていた私にとっては、寝床も食事も最高級で飛び入りの私には申し訳ないくらいでした。スタッフの方々や僧侶の人達の手厚い対応は言うまでもなくマックスで、それらの恩(ここでは功徳でしょうか?)に少しでも報いようと私なりに頑張ったつもりなのですが、残念ながら、瞑想についてだけ言えば、3週間も修行をしましたが、光どころか、水晶球すら見えず、今だに四苦八苦してます。しかしながら、それ以外はとても充実してて、同じコースの参加者の(本当に)多種多様な人達と話し合えたり、対の偉大な僧侶に会えたり、タイの文化に触れることが出来たり、おまけに出家までさせてもらい、普通では絶対に体験できない貴重な経験をたくさんすることが出来て、おかげで少しは自分の知識も人間性も成長できたと思います。今回の短期出家コース3週間は長いようであって、あっという間に過ぎてしまい、物足りない気もしましたが、改めて考えると、このコースに参加したことは、(こんなことを書くのは恥ずかしいのですが)運命だったのかもしれません。 瞑想で幸せを感じることは出来ませんでしたが、タンマガーイのことやタイ人のこと、仏教のこと等を知ることが出来て、すごく幸せです。これを期に、自分の人生の進路が見つけられればいいと思います。 最後に、このコースを提供してくれたタンマガーイ、親切に接してくれた僧侶の方々とスタッフの皆さん、そして一緒に頑張ったコース参加者の人達にお礼の言葉を書いて終わりたいと思います。 本当にどうもありがとうございました。 鈴木法経
本当の幸せとは何か 2500年前、ブッダは本当の幸せとは何かを人々に説きました。ブッダは、幸福の定義を二つに分けて説明しています。 1.  物質的幸福 Samisa-sukha とは、肉体と 物質の 欲にとらわれていることです(財産や貴金属類、または夫や妻、子供など)。私たちは、物を所有することで幸せになれると思い込んでいます。しかし、この種の幸福感は長くは続かず、いつかは苦悩に変わります。例えば、多くの若者が、結婚相手を見つけることさえできれば、幸せになれると信じています。うまく理想の相手が見つかれば欲求は満たされますが、しばらくすると、疑惑、懸念、嫉妬、慢心、悲観、失望などの様々な苦悩が生じてきます。場合によっては、離婚に至ることさえあります。どのような幸福を得たとしても、それが物質的なものである限り、苦悩の原因となり得るのです。 2.  仏法から得れる幸福 Niramisa-sukha 。これこそが真の幸福です。仏法を信ずる者は苦悩から解放されて、ゆくゆくは涅槃に辿り着くことができるでしょう。 自利の益 1.   渇望や欲望の苦悩から解放された人々は阿羅漢となり、以下の恩恵に与かります。 1.1. 過去の辛い記憶から解放される。 1.2. 渇望を消し去ったので、もはや思い悩むことがなくなる。 1.3. 社会や家庭で、品行方正で道徳観念のある良い手本となり得る。 2.  仏法からの利益 2.1. 肉体的にも精神的にも浄化される。 2.2. 他人に対して慈悲深く寛大になれる。 2.3. 智慧を得る。 利他の益 1.  あなたの周囲の人々が与る恩恵 1.1. あなたが寺院の架け橋となることで、家族や友人も仏法を聞く機会に恵まれる。 1.2. コースを終了して家庭に戻った際、あなたが忍耐深く優しくなったことで、妻も子供も幸せに調和をもって暮らせるようになる。 1.3. 職場や学校でも人々と調和をもって暮らせるようになる。 2.  伝道者として次世代に仏教を伝えることで、子孫は仏法の恩恵に与る。
私は第1回国際短期出家コースに参加させていただいて、指導してくださったお坊様やスタッフの方々にとても感謝しています。このようなプログラムは日本ではなかなか考えられない企画だと持っています。そういう意味でも、とても貴重な体験をさせていただきました。このコースでは、タイ国という海外での体験というだけでも貴重な体験なのですが、具体的には、まず一般信者の目線でタイの上座仏教を見つめることが出来ること。次に出家してタイ国の僧侶としての目線で上座仏教を見つめ、修行することが出来ます。このように様々な視点から仏教を学び、修行することが短期間で可能にしている点が大変素晴らしいと思っています。このコースのプログラムは瞑想が中心となっています。机上の学問として仏教を捉えるよりも、瞑想による「仏教体験」を主としている点も、まだ仏教を良く知らない方にとっても受け入れやすい実践的修行体験だと思います。 コース全体を通して、とても素晴らしいのですが、私は特にお布施に感動しました。私が僧侶となった時、多くの信者の方々にお布施をいただきました。ただし、ここで勘違いしてはいけません。彼らは渡し個人にお布施してくださっているのではないと思います。彼らは自らの功徳積むために心から喜んでお布施をしています。その対象は私に対してではなく、私という僧侶を通じて「仏教」そのものへお布施しているのだと思います。私は仏教者の担い手としてお布施をしてくださった信徒の皆様に心から感謝するだけではなく、彼らの幸せを心の底から願いました。私にとっては、まったくの他人である彼ら、しかも異国の彼らに対してこれほどまでに純粋に「どうか彼らに幸福が訪れますように。」と強く音方のは生まれて初めての体験でした。これほどまでに人に対して優しい気持ちに慣れたのは生まれて初めてなのです。このような優しい心を持てる体験はタイ国タンマガーイ寺院のおかげです。タンマガーイには瞑想以外にもこのような素晴らしい体験があるのです。 小川喜芳

中道の精神

この度は、短期出家コースでの修行をお許しくださいまして、誠にありがとうございました。古式に則った正式な出家得度式を身をもって体験させていただき感激いたしました。特に、タンマガーイ寺院の僧侶の皆様20名が暖かく私たちの出家を見届け下さったのみならず、数多くのスタッフの方々、信者の皆様方が私たち修行をサポートしてくださいましたことに感謝いたしております。 チェンマイで修行は、イスの生活に終始し、瞑想に慣れていない私には肉体的に大変なことでした。しかし、一生懸命やるんだが気を張りすぎずにやっていけばよいのだ、という中道の精神に則った先生方の暖かいご指導とお導きを頂戴し何とか当初の予定を終了することができました。 瞑想体験に関しては、まだまだ入口に立っただけの状態です。しかし、自分の意思で意図的に頭をまっさらにし、あちこち動き回る心の存在を意識し、その心を対象に釘付けにするという修行が、爽快感をもたらし、自身の気持ちを明るくしていくということを学びました。足が痛かったら、イスに座ってもよいから、心を対称に統一するように努めなさい。でも、がんばりすぎてはいけません。遊び半分、という意識が必要ですよ」というお言葉は、非常に新鮮でした。瞑想は涅槃に導くものであることは理解していたのですが、その瞑想が私たちの身近にあるものであることを自覚いたしました。今後、バランスよい人生をおくるためにも、少しずつでも続けていこうと思っています。 また、「食」は自らの楽しみのためではなく、健康な人としての修養のためにあることを修養道場での食法に則った食事や托鉢の経験を通じ、身を以って学ばせていただきました。お掃除や洗濯係といった作務も大切な修行の一環であり、私たちの修行を支えてくださっている在家の信者の皆様たちのための作務でもあることを学ばせていただきました。 最後に、この度のすばらしい経験を与えてくださいましたタンガーイ寺院の僧侶の皆様、スタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。 再拝 高橋尭英 立正大学教授
中道の精神

瞑想は体験しなければ分からない

この度は、特別のお計らいの短期瞑想研修を、実践させていただきまことに有難うございました。多少は書物を読みかじり「瞑想」の何たるかは理解しておりましたが、私が考える以上に高度で奥の深いものでした。これはやはり、実際に体験しなければ分からないものです。 私が今回研修させていただいた理由は、私が現在学んでいるのは大乗仏教です、同じ仏教とは言いながら、小乗、上座部の仏教その違いを仏教国タイにおいて学べる、「瞑想」を柱とした、タンガマーイで、私の指導教授である 三友、高橋、両教授とともに研修させていただいた次第です。 「瞑想」に関して言えば、単純に坐を組めばいいというものではないし、自分自身の瞑想するテーマどのように構築していくか、これが瞑想する事前の基本であると思います。 私は、瞑想センターに来る寸前に、副住職様の事務所にご挨拶に伺いました この時にご講義いただいたのが、やはり瞑想です。そして1ポイントから7ポイントまでの人体モジュールを用いての説明でした、理論整然としていてこの説明頂けなかったら今回の「瞑想」は一歩も踏み込めなかったであろうと思います。 今回の私のテーマは「自分自身」です、雑念をそぎおとして、ピユアな自分自身に、その自分との対自です、とてもとてもだめでした、しかし、瞑想する自分がニュートラルな自分にと、試みてみました。一度だけイメージ対象を変えて瞑想を試みた結果多少の不思議体験がありましたが100%ではありません。この1から7までのステップ、インドのヨガチャクラ、中国の気功等とはまったく違います。このステップの理論をもっと噛み砕いたうえで瞑想を実践すればとも思いました。 最後になりましたが、ご指導いただいた、導師の諸先生に深く感謝いたします、揺ぎ無い確固たる信念、大きく深い寛容の精神、優しく魅力ある指導力、ものすごく魅力を感じました。 簡単でございますが、タンマガーイ寺院のますますの発展を心からお祈りいたします。 立正大学大学院 仏教学専攻 博士後期   近藤信一
瞑想は体験しなければ分からない

普通では絶対に体験できない

今回のコースには、本当に私は参加する予定ではなかったのですが、ラオスのビエンチャンで朝倉さんに会ったことで、私の旅の進路は急激に変わり、あれよあれよの内に、この国際短期出家コースに参加させていただくことになりました。 もちろん、自慢の髭をそってまで参加するのですから、仏教と瞑想には興味があったのですが、まだ年齢も若い上に、学生の頃もあまり勉強をしなかったので、実は仏教に限らずですが、知識があまりになく、そのせいで他のコースの参加者、つまり、大学の先生や生徒、その人並みの人達と話すことができるのか?また迷惑をかけることがないかと不安もありました。しかし実際に会ってみると、皆優しく、穏やかで、私が分からない所も丁寧に教えてもらったりして、とても楽しく過ごすことが出来ました。特に年も近い永島君と角田君には、私よりも年下なのに、2人共とてもしっかりしてて、驚かされたと同時に、たくさんのことを学ばせてもらいました。コース自体の内容も、とても良く、野外で寝てその日のご飯も食べれるか分からない生活をしていた私にとっては、寝床も食事も最高級で飛び入りの私には申し訳ないくらいでした。スタッフの方々や僧侶の人達の手厚い対応は言うまでもなくマックスで、それらの恩(ここでは功徳でしょうか?)に少しでも報いようと私なりに頑張ったつもりなのですが、残念ながら、瞑想についてだけ言えば、3週間も修行をしましたが、光どころか、水晶球すら見えず、今だに四苦八苦してます。しかしながら、それ以外はとても充実してて、同じコースの参加者の(本当に)多種多様な人達と話し合えたり、対の偉大な僧侶に会えたり、タイの文化に触れることが出来たり、おまけに出家までさせてもらい、普通では絶対に体験できない貴重な経験をたくさんすることが出来て、おかげで少しは自分の知識も人間性も成長できたと思います。今回の短期出家コース3週間は長いようであって、あっという間に過ぎてしまい、物足りない気もしましたが、改めて考えると、このコースに参加したことは、(こんなことを書くのは恥ずかしいのですが)運命だったのかもしれません。 瞑想で幸せを感じることは出来ませんでしたが、タンマガーイのことやタイ人のこと、仏教のこと等を知ることが出来て、すごく幸せです。これを期に、自分の人生の進路が見つけられればいいと思います。 最後に、このコースを提供してくれたタンマガーイ、親切に接してくれた僧侶の方々とスタッフの皆さん、そして一緒に頑張ったコース参加者の人達にお礼の言葉を書いて終わりたいと思います。 本当にどうもありがとうございました。 鈴木法経
普通では絶対に体験できない

貴重な体験

第1回国際短期出家コースに参加して僕が思ったことは、瞑想にお腹に仏像と水晶球が見えるという事が信じられなかったけど、少しだけ見えた感じがしました。 僕はこのコースにあまり参加したくありませんでした。なぜかというと仏教そのものに興味がなかったからです。でもこのコースに参加して仏教に興味を持とうかなという気持ちになりました。日本では体験できないことがたくさん出来てよかったと思います。このコースの参加者の人達とも仲良くなれたし、僧侶の方々ともたくさん知り合えたので良かったです。 日本に帰っても、日本別院にちょくちょく行きたいと思います。今思うとこのコースも短かったなぁと思いますが、すごく良い経験になったし、学校では学べないこともたくさん教えてもらえたし、少しだけどタイ語の勉強にもなりました。このコースが始まる前は色々と心配事が多かったけど今は慣れた感じがします。 1番心に残っているのは、やっぱり「剃髪式」と「出家式」だと思います。剃髪式は、信者の皆さんに切られたときはハサミに髪が挟まってすごく痛かったです。出家式の時は、出家の言葉を独りでいうところがすごく緊張しました。出家してからは、僧侶の人と見習い僧の区別がすごく、やっぱり僧侶と見習い僧は違うんだなぁと思いました。初めての托鉢は、僕みたいなのがご飯をもらっていいのかなという気持ちになりました。チェンマイでの托鉢は、総本山で托鉢した時よりも、もっと申し訳ない気持ちになりました。 とにかく、貴重な体験が出来てすごく良かったです。 本当にありがとうございました。 角田政太
貴重な体験

本当に感謝の気持ちでいっぱい

8月8日早朝4:30分スワンナプーン国際空港に着きまして、落ち着くまもなく、タンマガーイ寺院にAM8:00に入りました。この出家コース参加を決めたのは8月2日頃です。急なことで何も準備もできず、心の準備もできずに参加させて戴きました。 最初から戸惑いが多く、瞑想の何たるかも分からず、合格するかも分からず、心配で心が重苦しく感じていました。このコースを決めたのは、タイ人である奥さんの進言です。毎日慌しい思いをして働いている私に、少し『心と体』を休めに行ってくださいという思いが強い事を知り、不安はありましたが思い切って決めました。 出家式の勉強もチームの皆さんの力で何とか助けて戴き、何とかクリアすることが出来ました。ありがたく思っております。出家という人生には得がたい体験をさせて戴いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。僧侶の皆さんに教えて戴いた瞑想もこれからは毎日5~10分でも続けていきたいと思っております。 色々な体験をさせて戴きました。又、色々な説法も聞かせて戴きました。これらのことは、私の残りの人生に必ず役立たせたいと心に決めております。 特に托鉢については感動しております。タイ人の暖かい心の原点はこの托鉢にあるのはないかと思います。見ているだけで心がなごみます。僧侶の皆様、スタッフの皆様、又、托鉢戴いたタイ国の皆様、この体験は決して忘れません。皆様のご足労を無駄にしない為にも、これからの人生をあらゆる面で頑張りたいと思います。 最後に、チームの皆さん、何かと頑張ることが出来ました。 どうもありがとうございました。 見田博
本当に感謝の気持ちでいっぱい

真の僧侶である心と行動

去年行われたタンマガーイ寺院での国際短期出家コースに参加し、今回2回目の参加となりました。前回はチェンマイでの瞑想コースが終了し、本人に戻る途中にランパン県でバス事故に遭って、3度の手術を経験するという波乱万丈の展開でした。 その後、5ヶ月間僧侶を続け、また、時間のある時は友人僧侶の翻訳等のお手伝いのボランティアをしていました。お手伝いをする原因となったのは、コースに参加し1週間程でそれまでの瞑想では得られなかった体験をしたからです。それは何度か現れていた光り輝く玉が体の中心に位置すると、ゆっくりと透明に変化していったことです。玉の隅々までハッキリと見透ける、輝くような透明でした。 その後は二度と現れることはなく、この体験をしたくて、この短期出家コースに参加したこともいえます。又、タンマガーイ瞑想を夫婦で実践してから、家庭内が平和になり、自分自身の欠点である短気さが幾分治まったように感じたからです。 しかし、昨年の体験から一つの不安がありました。それは「托鉢」をチェンマイでの寺院で何度か行うと言うことでした。日本では「布施」と言う行為が多くの宗教によって悪用されており、それが日本人の宗教嫌いに結びついています。それがタイでは、布施する者とされる者が純粋な功徳を得る行為として息づいていることです。自分自身が布施される立場になってみると信者側のひたむきな信仰心が伝わってくることは勿論、僧侶の「偽善のない自分自身の役割への真剣さ、命を懸けた、ひたむきさ」が実感されたのです。自分のような言わば遊び半分のような短期出家者が受け取れる行為ではないと恥ずかしさと後ろめたさで一杯でした。今回は前回と違って日本語コースと言うことで、前回の夕方のお経を唱える時点で、「布施・托鉢」に関して、僧侶が毎日、何を自分に問うているのか、良く理解できました。人の施しで生きている僧侶が一時もこのことを忘れることなく、自分自身を見つめ、修行し、信者のために、功徳を生じさせることに心を粋いているかを知りました。今の自分に布施を受ける資格があるとは言えませんが、せめて短期出家の期間が終わるまでは、一時も気を抜くことなく、真の僧侶である心と行動、言葉使いを心掛け、信者さんの気持ちを裏切らないようにと誓いました。 チェンマイでの最終回に「托鉢」を行いましたが、何軒かの家はとても貧しく、ご飯のみを布施してくれました。 布施は金額多力でもなく、物品の豪華でもなく、布施する者の気持ちであることが真から理解できました。 来年以降も日本人短期出家コースは開催されるでしょうが、この「托鉢」体験を多くの人達に体験してもらいたいと思います。 仏教国であった日本人であれば、このコースでの「托鉢」を体験すれば、仏陀の説く「布施」の真の意味が分かると感じました。 瞑想の上達に関しては、ただ瞑想だけを一生懸命やっても意味がないことを今回の参加で遅いですが知ることができました。 短期出家コースに於ける総ての訓練一つづつに瞑想の上達につながる効果があるのです。住職の言葉である。 「昔の悪い行いは忘れ、よい行いだけを思い出す。これからは良い行いだけをする」を心掛け、子供時代の純粋な気持ちに戻れるよう努力して、瞑想に励みたいと思います。 このような貴重な体験をさせていただいたルアンポーをはじめ僧侶・寺院関係者、ご支援くださった信者の方々に心より厚くお礼申し上げます。 吉野周治
真の僧侶である心と行動

この体験を他の人にも分かち合っていきたい

私は日本のタンマガーイ別院にご縁をいただいて以来、家でかなり長い間、瞑想に取り組んできたつもりですが、「定水を凝らすといえども識浪しきりにさわぐ」と言うように、雑念が絶えず湧いてきて入り口にも入ることができませんでした。 しかし、今回出家してチェンマイの瞑想上に移動してからは正しい指導を頂いて、色々な体験をすることが出来ました。たとえば、最初は金色や二地色に輝く水晶球を見て、その次には水晶球の輪郭や細い点に至るまでは見える明るい水晶球、またある日はジャッゲーウのような円盤状の光が目を開けても閉じても目の前に見えるようになりました。初めは心を集中するのが大変難しいと思いましたが、慣れてくるとあまり力まずともできるようになりました。 これからは次のステップの仏像が見えるように瞑想していきたいと思います。また、瞑想が深まるにつれて、今回出家を許可してくださいましたルアンポー様をはじめ、色々と瞑想を指導してくださいましたルアンピーの皆様やスタッフ一同の皆様信者の皆様の並ならぬ恩を心から感じてありがたく思いました。そしてわつぃの出家を暖かく応援してくれた家族に対し、心から感謝したいと思います。これからはこの体験を他の人にも分かち合っていきたいと思います。 藤元義浄
この体験を他の人にも分かち合っていきたい

僧侶の生活

成田を8月5日に出発して、タンマガーイ寺院の宿舎に着いたのは夜中でした。何も分からず参加したのですが、参加した皆さんがとてもいい人ばかりだったので、とても良かったです。お経も良く覚えていない私でしたが、吉野さんやルアンピーたちにもよく教えていただきました。宿舎で一緒に洗濯をしたりしたもの良い思い出です。タンマガーイ寺院に来たのも初めてであまりの大きさにびっくりしました。僧侶の多さにもびっくりしました。僧侶の生活は初めてのことだったので、朝早く起きるのは辛かったですが、剃髪式の時はとても気持ちが引き締まる思いがしました。出家式では朝早くからとても緊張しましたが、ウボンラーチャタニーから妻の家族も来てくれ、とても嬉しかったです。出家式が無事に終わって、次の日は托鉢をしました。托鉢も初めてのことです。気持ちが引き締まる思いがしました。 次の日はバスでチェンマイへ移動です。11時間かかって着いたところはワットギウロムというお寺でした。そこで瞑想やルアンピーの説法を聞き、とても勉強になったと思います。瞑想も初めてだったので、最初は目を瞑っても何も見えませんでした。 毎日の説法を聞いたりしているうちに、だんだん小さな光の玉が見えるようになってきました。それは瞑想を始めて2週間くらい経ってからのことでした。目を瞑ると光の輪が次々に現れてきたのです。この国際短期出家コースに参加したのは、瞑想がやりたくて参加しました。チェンマイという良い環境の中で瞑想が出来たことは、僧侶の皆さんやスタッフのおかげだと思っています。ありがとうございました。 茂木 房雄
僧侶の生活

短期出家コースで学んだこと

私達は朝起きて、瞑想をして、掃除をして、ご飯を食べて、瞑想して、ご飯を食べて、瞑想をしました。私はそれが楽しくて楽しくてしかたなかったです。楽しすぎて毎日、顔がにやけていました。仲間のつまらないダジャレに毎日大爆笑していました。庭に咲く花に感動して笑っていました。なんで楽しかったのか何がこんなに面白かったのか、自分でも良く分かりません。でもはっきり分かった事がひとつだけあります。瞑想には不思議な力があります。そして、その力は瞑想中だけでなく、日常生活にも作用してきます。私の性格、考え方、行動は日を重ねるごとに変化してきました。心が穏やかになり、前向きな性格になり、規律正しい生活を送りたくなりました。私は毎日、瞑想をしても飽きなかったし、疲れもしませんでした。逆にもっとしたい、体の疲れが取れて、体が軽くなった気がしました。 私が瞑想を学んで不思議な体験が出来たのも、ルアンピー達をはじめスタッフ、信者さん、仲間達のおかげです。とても感謝しています。ありがとうございました。 住田悟
短期出家コースで学んだこと

とても貴重な体験

私は第1回国際短期出家コースに参加させていただいて、指導してくださったお坊様やスタッフの方々にとても感謝しています。このようなプログラムは日本ではなかなか考えられない企画だと持っています。そういう意味でも、とても貴重な体験をさせていただきました。このコースでは、タイ国という海外での体験というだけでも貴重な体験なのですが、具体的には、まず一般信者の目線でタイの上座仏教を見つめることが出来ること。次に出家してタイ国の僧侶としての目線で上座仏教を見つめ、修行することが出来ます。このように様々な視点から仏教を学び、修行することが短期間で可能にしている点が大変素晴らしいと思っています。このコースのプログラムは瞑想が中心となっています。机上の学問として仏教を捉えるよりも、瞑想による「仏教体験」を主としている点も、まだ仏教を良く知らない方にとっても受け入れやすい実践的修行体験だと思います。 コース全体を通して、とても素晴らしいのですが、私は特にお布施に感動しました。私が僧侶となった時、多くの信者の方々にお布施をいただきました。ただし、ここで勘違いしてはいけません。彼らは渡し個人にお布施してくださっているのではないと思います。彼らは自らの功徳積むために心から喜んでお布施をしています。その対象は私に対してではなく、私という僧侶を通じて「仏教」そのものへお布施しているのだと思います。私は仏教者の担い手としてお布施をしてくださった信徒の皆様に心から感謝するだけではなく、彼らの幸せを心の底から願いました。私にとっては、まったくの他人である彼ら、しかも異国の彼らに対してこれほどまでに純粋に「どうか彼らに幸福が訪れますように。」と強く音方のは生まれて初めての体験でした。これほどまでに人に対して優しい気持ちに慣れたのは生まれて初めてなのです。このような優しい心を持てる体験はタイ国タンマガーイ寺院のおかげです。タンマガーイには瞑想以外にもこのような素晴らしい体験があるのです。 小川喜芳
とても貴重な体験

分かりやすい教え

私は出家コースに参加するため、タイ国タンマガーイ寺院に来ました。来る前、日本で出家のお経の練習をしてきましたが、タイで練習を始めるとなかなかうまく出来なくなり、3人での練習もうまくいきませんでした。でも、出家本番ではうまくできました。初めての体験で驚くばかりでしたが、無事出家式も終り、チェンマイのワットギウロムに来て瞑想を始めました。風景もとても綺麗で、心も落ち着いて瞑想もやりやすかったです。托鉢も初めて体験をし、信者さんの家を廻り、信者さんの気持ち、とても心に感じるものがあり、私もしっかり修行しないといけないと思いました。私の得を信者にあげました。ワットギウロム・パナワットでの瞑想は私にとって、充実した日々でした。瞑想の結果も今まで以上に良くなりました。僧侶の教えもとても分かりやすく、教えてもらい嬉しく思い、これからも瞑想をたくさんやり、自らをはっきり見つけたいと思います。そしてもう一度チェンマイへ来て瞑想をやりたい気持ちになりました。チェンマイは日本の長野と同じくらいの気候なので、とても過ごしやすかったです。 この経験を日本に帰っても続けていきたいと思います。そして日本人に説明をして瞑想をたくさんの人にやってもらうように勧めたいと思います。私はこの出家コースに参加し、仕事や家族のことを忘れて参加したことは無駄ではありませんでした。タイの妻と結婚をしたからこの出家コースにも参加が出来たと思っています。 尾坂泰治
分かりやすい教え

迷うことなく参加

この度、タンマガーイ寺院国際短期出家コースに参加させて頂きまして、本当にありがとうございました。今回は第1回という事もあり、大変光栄です。 私はタイ人の知人に誘われて4ヶ月ほど前に、初めてタンマガーイ寺院栃木別院に参りました。寺院はお坊さんをはじめ、集う信者の方々の笑顔が絶えず、とても明るい雰囲気の中、瞑想を教えて頂きました。最初は瞑想の効果も僅かではありましたが、確実に心の安定に作用していることを実感し、日常的に実践するようになりました。そんな折、本コースの開催を知り、迷うことなく参加させていただきました。参加するに当たっては栃木別院の住職をはじめ、皆様の支援により、嬉しさと共に多少の責任も感じておりました。その後とがごんコースを終了するまで終始心の支えとなりました。感謝します。 本コースは3週間という短期間の中で大変凝縮された内容でした。得度出家をするまでの特訓、様々な儀式や多くの高僧の説法、そして出家して僧侶となってからチェンマイに移動しても瞑想三昧の日々。お坊さんの指導を受けながら、1日に合計すると6時間にも及ぶ瞑想は、徐々に、しかし確実に刻一刻とその質が変わっていくものを実感しました。身体に痛みを感じたり、怠けが出て苦戦しながらも瞑想によて得られる幸福感や心の穏やかさは言葉だけでは表せないものです。それによって、日々での物事の観方、感じ方が確実に冷静で的確になったように思います。重要なのは、これから俗世間に戻っていってから実践していくかですが、瞑想を持続していく事で、どんな困難にも対応していけることを確信しています。 今回は紙面には示しきれない程、大変多くのご縁に恵まれ、タンマガーイ寺院での短期出家をさせていただきました。この喜びをすべての生きとし生けるものに廻向すると共に、すすべてが幸せになることを強く願います。ありがとうございました。 渡辺 佳英
迷うことなく参加

いい友達ができた

私はこの国際短期出家コースを正直軽く考えていました。参加する前は。なぜかというと、私が出家しようと決心をした理由は単純に親のため、上座部仏教徒として、徳を積むため、そして、タイの文化的に人生に一度は出家しようと思っていたからです。だから最初に想像していたのは、朝からお経を唱えて、瞑想して、掃除して、ひたすら僧侶としての日常を繰り返すだけの生活でした。しかし実際にコースが始まると、そうでもありませんでした。 私はまったくと言って良いほど、人との出会いに期待していませんでした。コース参加中に協力し合って適度に仲良くなってと、まぁ、そんな感じの人が集まっているものだと予想していたからです。その分、他の参加者と顔合わせ、自己紹介をしたときには驚きました。まず、平均年齢が予想以上に高い。そして皆宗教に詳しい。すんごい瞑想に興味がある。飛び入り参加者の人がいる。自分は宗教については大学で得た知識くらいしかなく、瞑想なんて滅多にやらない。ましてや独りで自転車で中国から南下なんてして来ない。こんなレベルの高い人達の中にいるのは、場違いなのではと思いました。だからその時、ここにいる人達を少しでも多くしゃべらせて、少しでも多くの知識をもらって帰ろうと考えました。その考えは多分当たりで、思ったよりも多くの知識を得ることが出来ました。日本の仏教のこと。インドの仏教のこと。そしてもちろん僧侶達の説法でタイの仏教についても。ここで得られた仏教についての知識だけではありませんでした。ある男性からはタイの地方の現状についておしえてもらい、ある男性からはヒンドゥー語を教えてもらい、ある男性からは向上心の大切さを学び、ある僧侶からはパーリ語を教えてもらうことが出来ました。他にも色々ありますが、めんどくさいので省略。周りの人々は、尊敬できる人ばかりで、日本に戻っても会いに行きたいと思えるような人ばかりでした。 もちろん、僧侶生活からも学んだ事はたくさんありました。日常における僧侶としてのマナー。これには本当に感心しました。日ごろの行動が心の状態につながると言うこと、食事のマナーだを見てもなるべく音をたてないように食す。食器は洗う前に拭く。これは、心を静かに保つことにも繋がっており、洗う前に拭くのは洗う人が楽になるようにというちょっとした気遣いにもなっています。ひとつひとつの行為に納得できる理由があり、理解できるようなものでした。他にも歩くときには、なるべく足音をたてないなど、実践してみると、自分のやっていることがとても上品なように見えなくてもなくて、軽く良い気分になれたりしました。この時点で、その行為が心の状態につながりがあるということがハッキリと理解できたと思います。 ところで、瞑想ですが、最初はただひたすら眠くなるだけで、特に何も考えてなかったのですが、やっているうちに視点が変わってきました。瞑想が心を落ち着けると言うのは、本当だと確認が出来ました。そして、瞑想の後はとても心が落ち着いており、日本に戻ってからも、試験の前や、暇な時に気が向いたら、瞑想をしたいという気持ちになれました。様々な人に出逢い、様々なことを理解できたことのイベントは、私にとってビックイベントだった出家をさらにビッグにしてくれました。普通に出家していれば、周りの人は皆同年代で、このコース程、知識人が周りにいなかったでしょう。なので、私はこのコースに参加できたことをとても嬉しく思い、感謝しています。 永島奈
いい友達ができた

単純な生活

8月8日、掃除の仕方や食事の仕方、トイレ掃除の仕方、食事の後ティッシュ6枚で綺麗に掃除すること、トイレ紙は使わない。こんな生活は初めてでした。出家の練習も足が痛くて出家できるか自信がなくなってしまいました。ルアンピー達とスタッフの皆さんに大変迷惑をかけてしまいました。お寺に行って出家の練習をしたけど、あがって言葉を間違って言ってしまうし、足が痛い。練習後のルアンポーの話を聞き、自分の今の問題の5年前に仏陀が大阪に着いたら、消えてしまった。原因は戒律を破ったからだと分かった。ルアンポーは自分の心を守る自分自身を良くする。自分を見るのが大事。出家式の日、かなり緊張してお経も覚えてなくて自分自身を恥ずかしい。でも、無事に出家できました。これもルアンピーやスタッフのおかげだと感謝しています。 住田武
単純な生活

初禅の「喜」の境地を実体験

この度は、国際短期出家修行に加えていただき有り難うございました。 出家受戒の厳粛な式典と釈尊以来連綿として続いている伝統佛教上座部の戒律と瞑想(禅定)に深い感動を受けました。また副住職さまからは、お忙しい中を謁見させて頂いた上に懇切丁寧にタンマカーイの法身の説明をしてもらい、これから始まろうとする出家修行に決意を新たにすることができました。 チェンマイでは、タナブト比丘、ターニョ比丘、プンヤ・テーショー比丘のご指導と快適な環境と森林での瞑想により、身体中にまぶしい強い光りと今まで受けたことのない喜びを体験しました。初めての体験であり、これがアビダルマで説かれている初禅の「喜」の境地だと教えられ、学問では得ることの出来ないことを身体で実体験致しました。 当初、教えられたとおりに水晶玉をイメージしようとしたのですが、なかなか精神統一が出来ず、次に数息観を行い、ようやく精神統一ができ、足の痛みも時間も忘れる状態のなかで、まぶしい光が身体全身を照らし出し、あまりの明るさに目をつぶり、手をかざして強い光りを遮ろうとしました。しかし、実際は瞑想中で目を閉じていたのです。その強い光りとともに、三帰依の経文(ブッダン サラナン ガッチャーミ・・・・・)が繰り返し聞こえ、まさに至福という表現そのものの喜びと幸福感を得て、そのなかにゆったりと浸かってしまって瞑想時間が終わってお経が始まっているのさえ気がつかないほどでした。 また托鉢にも連れて行ってもらったときには、釈尊もこのような衣を着て托鉢をされていたのかと感慨無量で、村人の差し出すご供養の品々に感涙抑えがたく、本来なら落涙してはいけないのに、涙が止まりませんでした。 タナブト比丘、ターニョ比丘、プンヤ・テーショ比丘のご指導により、このような感動を受けたことを心より感謝申し上げます。 これからは、このすばらしい体験を学生たちにも薦め、多くの人たちが瞑想のすばらしさを体験してくれるように大学でも講義のなかでタンマカーイでの体験話をしてあげようと思っておりますし、今後は八斎戒を守った生活を自らも守り、他人にも薦めて行く所存です。 また初禅の境地を体験出来たので、これからさらに第二禅の境地へと進めるように、毎日瞑想を行っていく積もりです。 プンナコー 立正大学教授 三友 健容 合掌
初禅の「喜」の境地を実体験

ストレス解決

  塙秀行       一般の生活から異質的な生活といっても良い位の生活をこれから約1ヶ月の生活をしなければならない僧侶の生活を異国でしなければならない日々を考えると私に本当に出来るのだろうか、今まであまりにもずさんな生活を送ってきただけに、最後まで乗り切れるかどうか毎日が葛藤の日々であった。そんな中で瞑想を始めることによって心を落ち着けさせる自分を知り、人を想うことを心にとどめる事が出来たことが唯一の収穫ではないであろうか。 私達、現代社会に生きる人達は様々な気苦労があり、ストレスが溜まる今日ではあるが、そのストレスをどの様に解決をしたら良いか困惑している今日この頃です。それには、瞑想を取り入れるのが一番ではないだろうか。継続は力なり、何事にも続けることが大事ということが、この国際短期出家コースに参加できたことで少し自分が変わったことの喜びを出来たことです。
ストレス解決

忘れない出来事

  THE タハラ(出家者) プラカンティゴー/朝倉誠      去年の10月に某会で歩く瞑想を知った。それは歩く時の足の上げ下ろしをアナウンスし続ける単純なもので、何の意味があるのか…と思った。しかしこの単純な行為を30分ほど続けると、不思議なことに頭がクリアーになる。この現象が不思議でネットで瞑想を検索すると、瞑想には「観」と「静」があり、止を学び観で悟へと達するという流れを知った。 日本は仏教国である。禅寺で座禅を学べないかと調べると、お寺はたくさんあるのだが、本格的指導をしてくれるところがないのだ。ネットで調べるとタイやミャンマーの上座佛教で僕のニーズにあう指導をしてくれるところが数箇所あったが、タイのタンマガーイ寺院の出家コースを選んだ。その理由はお坊さんの人柄、優しそうな感じに惹かれたのだ。 この出家コースは3週間、得度で剃髪もあり、本格的僧侶生活を体験する。得度後は、法衣をまとい、僧侶としてのマナー指導や法話と瞑想が朝4:00~夜10:00まで続く。寺院見学、托鉢、灯明等々のイベントも豊富に盛り込まれていてかなりハードであるが楽しい。数々の学びの中でタイ国民の仏教への帰依の深さに感動し、涙を流してしまう体験を何度もした。タイでの僧侶への信頼や尊厳は、日本人の感覚を超えたものであり、厳しい227の戒律を僧侶は守り日々修行している。修行の中での瞑想は、素晴らしい結果をもたらした。ルアンピータナの講義で瞑想での疑問が解け、日本での仕事や生活のストレスもない環境で良き師の下での瞑想は法身へ大きく近づいた感がある。指導の通り表われた光輪の仏を第7ベースに持っていくと、自然に鳥の羽が水面にふわっと落ちるように定着した。体内から発光がある感覚で今までに感じたことのない心地よさと優しい光に包まれていた。 ・・・異次元の世界だ。 瞑想が終了すると、今までに味わったことのない覚醒した心地よい気分がしばらく続いた。担当のプラアージャーンにこの話をすると、DMCでルアンポータンマチャヨー大師がこの内容を放送してくださった。放送で見えた法身は本物であるから、これからも瞑想を深めていくようにとありがたい言葉を頂いた。言葉で表現尽くしきれない、深い感謝の気持ちでいっぱいになってしまった。 一緒に修行した24名の仲間、修行継続を決めた2名の仲間、世話をしてくださったルアンピーとスタッフにも深い感謝と幸せを祈念したい。
忘れない出来事

出家得度式の手順

出家得度式の手順 出家得度式は、以下のような順序で進行されます(都合により、所々変更する場合があります)。得度式までの 1 週間リハーサルを行います。下に貼ってあるリンクをクリックすると、式典の各段階で行われる読経をダウンロードすることができます。また、下記にある PDFアイコンをクリックして、読経のテキストを見ることができます。 右繞三匝(うにょうさんぞう) 右繞三匝は三宝(仏法僧)に帰依する儀式です。列をつくり本堂のまわりを時計回りに 3 周することで、仏、法、僧に帰依を表します 出家希望者は頭髪、顎鬚、眉を剃り、手足の爪を切って身支度を整えます。そして、三本のハスの花束・ロウソク・線香を受け取り、祈りの形に合わせた両手の中に挟みます。そして、指示に従って年功順に列をつくり、本堂の北側へ歩きていきます。行進は、年長者を先頭にして右側からはじまります。   .   蓮の花を受け取った出家希望者は、前後間隔を 1 メートルずつあけて各横列ごとに並びます。     .   右繞三匝の法悦感の中、出家希望者は下を向いて静かに歩きながら、「イティピソー」から始まるパーリ語のお経を唱えて三宝に帰依します。また、澄んだ輝かしい水晶玉が身体の中心に浮かんでいる様を視覚化し、穢れのない純粋な心の維持に努めます。 . .   巡回での読経 右繞三匝(うにょうさんそう)後、出家希望者は一列に並んで出家得度式の会場に入り、儀式場に敬意を払います。ここはサンガ ( 僧団 ) がサンガカンマ ( 僧団の儀式 ) に参列した神聖なる境界で、ブッダの本尊が祭られています。   . .   本尊である仏像を拝むことで、ブッダに深く敬意を表します。 . . . 1. 得度式場と礼拝堂に敬意を払う 保護者、または両親に許しを請い敬います。出家希望者がこれまで母親、父親、保護者や親族に対して行った行為を懺悔します。こうして、 涅槃寂静の境地を求める前に、 出家希望者は罪の汚れをおとし心を浄化させます。その後、三衣を保護者から受け取る儀式に移ります . 2. 両親へ懺悔 パッバーシャとは、僧侶として仏門に入る儀式のことです。出家希望者は、戒師の前で読経をして、三宝(仏法僧)への帰依を表します。 . . . 3. 仏門に入る 出家希望者は、戒師のもとで三宝を学び、帰依の信念を強化し、出家の目的や利益を心に刻みつけます。その後、瞑想の基本である五つの対象物(頭髪・体毛・爪・歯・皮膚)について学びます。 . . 4. 瞑想の基本対象物を学ぶ 三帰依し十戒を学び実践するために、敬礼文・三帰依文・十戒文を読経します。帰依とは、三宝に帰依することをいい、十戒とは、身口意の行為を正しく保つために 、守らなければならない十か条の戒律のことをいいます。この段階が終わったら、出家希望者は沙彌になります。 . . 5. 三帰依と十戒 沙彌は戒師に全幅の信頼を置くことが要求されます。信頼を寄せることで、戒師から手引き、保護、指導と教育をよりよく受けることができます。 . .   6. 戒師に信頼を置く 戒師から四つの生活必需品について説明を受けます。 安陀会(作業着)・ 鬱多羅僧(普段着)・ 僧伽梨(儀式・訪問着)の三衣と、食事に使う持鉢です。この段階で沙彌となった参加者は、「アーマパンテー」と答えます。 . . 7. 三衣と持鉢の説明 まず1人目の沙彌が、整列している比丘に向かい合って立ち、赤い絨毯から 30 センチ手前のところで合掌をします。次に、赤い絨毯の周りを歩くので、踏まないように注意してください(2番目3番目の沙彌も、同じ手順で続きます)。その後、パーリ語で、沙彌にいくつかの問題が出されます。 . 8. 出家を懇願する読経のテスト 名前を呼ばれた沙彌は、赤い絨毯のまわりを歩き演壇に向かいます。左膝で演壇上に登ったら、そのまま膝で歩いて1組の僧侶の間で止まります。その場で頭を3回下げた後、出家を懇願する読経をします。 . . . . . . . 9. 出家を求める pdf  出家言葉ファイルをこちらからダウンロード
14 November 2009 I Read the full story

中道の精神

この度は、短期出家コースでの修行をお許しくださいまして、誠にありがとうございました。古式に則った正式な出家得度式を身をもって体験させていただき感激いたしました。特に、タンマガーイ寺院の僧侶の皆様20名が暖かく私たちの出家を見届け下さったのみならず、数多くのスタッフの方々、信者の皆様方が私たち修行をサポートしてくださいましたことに感謝いたしております。 チェンマイで修行は、イスの生活に終始し、瞑想に慣れていない私には肉体的に大変なことでした。しかし、一生懸命やるんだが気を張りすぎずにやっていけばよいのだ、という中道の精神に則った先生方の暖かいご指導とお導きを頂戴し何とか当初の予定を終了することができました。 瞑想体験に関しては、まだまだ入口に立っただけの状態です。しかし、自分の意思で意図的に頭をまっさらにし、あちこち動き回る心の存在を意識し、その心を対象に釘付けにするという修行が、爽快感をもたらし、自身の気持ちを明るくしていくということを学びました。足が痛かったら、イスに座ってもよいから、心を対称に統一するように努めなさい。でも、がんばりすぎてはいけません。遊び半分、という意識が必要ですよ」というお言葉は、非常に新鮮でした。瞑想は涅槃に導くものであることは理解していたのですが、その瞑想が私たちの身近にあるものであることを自覚いたしました。今後、バランスよい人生をおくるためにも、少しずつでも続けていこうと思っています。 また、「食」は自らの楽しみのためではなく、健康な人としての修養のためにあることを修養道場での食法に則った食事や托鉢の経験を通じ、身を以って学ばせていただきました。お掃除や洗濯係といった作務も大切な修行の一環であり、私たちの修行を支えてくださっている在家の信者の皆様たちのための作務でもあることを学ばせていただきました。 最後に、この度のすばらしい経験を与えてくださいましたタンガーイ寺院の僧侶の皆様、スタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。 再拝 高橋尭英 立正大学教授
18 November 2009 I Read the full story

利益

本当の幸せとは何か 2500年前、ブッダは本当の幸せとは何かを人々に説きました。ブッダは、幸福の定義を二つに分けて説明しています。 1.  物質的幸福 Samisa-sukha とは、肉体と 物質の 欲にとらわれていることです(財産や貴金属類、または夫や妻、子供など)。私たちは、物を所有することで幸せになれると思い込んでいます。しかし、この種の幸福感は長くは続かず、いつかは苦悩に変わります。例えば、多くの若者が、結婚相手を見つけることさえできれば、幸せになれると信じています。うまく理想の相手が見つかれば欲求は満たされますが、しばらくすると、疑惑、懸念、嫉妬、慢心、悲観、失望などの様々な苦悩が生じてきます。場合によっては、離婚に至ることさえあります。どのような幸福を得たとしても、それが物質的なものである限り、苦悩の原因となり得るのです。 2.  仏法から得れる幸福 Niramisa-sukha 。これこそが真の幸福です。仏法を信ずる者は苦悩から解放されて、ゆくゆくは涅槃に辿り着くことができるでしょう。 自利の益 1.   渇望や欲望の苦悩から解放された人々は阿羅漢となり、以下の恩恵に与かります。 1.1. 過去の辛い記憶から解放される。 1.2. 渇望を消し去ったので、もはや思い悩むことがなくなる。 1.3. 社会や家庭で、品行方正で道徳観念のある良い手本となり得る。 2.  仏法からの利益 2.1. 肉体的にも精神的にも浄化される。 2.2. 他人に対して慈悲深く寛大になれる。 2.3. 智慧を得る。 利他の益 1.  あなたの周囲の人々が与る恩恵 1.1. あなたが寺院の架け橋となることで、家族や友人も仏法を聞く機会に恵まれる。 1.2. コースを終了して家庭に戻った際、あなたが忍耐深く優しくなったことで、妻も子供も幸せに調和をもって暮らせるようになる。 1.3. 職場や学校でも人々と調和をもって暮らせるようになる。 2.  伝道者として次世代に仏教を伝えることで、子孫は仏法の恩恵に与る。
14 November 2009 I Read the full story

修行について

修行について コースの要約 段階   修行内容 1.   入門指導、体操などの訓練 2.   瞑想と基本的仏法の学習   3.   瞑想 出家得度式のリハーサル 4.   出家得度式 5.   仏教戒律の学習と実践、及び 瞑想リトリート 6.   瞑想リトリート 7.   毎日の修行の成果とコースに対する感想の記入       日程表 時間   活動内容 04:30   起床 05:00   瞑想 朝の読経 慈悲の瞑想 06:30   様々な義務  /  自由時間 07:30   朝食 09:00   説法を聞く、瞑想 11:00   昼食 13:30   説法を聞く、瞑想 16:00   飲物を摂る 17:30   自由時間 18:30   説法を聞く、夕の読経、瞑想 22:00   就寝       義務 出家の目的は、俗世を離れ煩悩を絶つことです。このコースに参加して、十分に瞑想に浸る好機を得ることで、渇望からの束縛を解き放ち、きっと真実の幸福を見つけることができるでしょう。 僧侶は、仏教の教義に沿った毎日の義務に勤めることで、煩悩から解脱します。義務( kicavatra )とは、「 kica 」と「 vatra 」の 2つの単語が合成したものです。 「 Kica 」とは、 非常に重要だと考えられているために、強制されている義務のことです。そして、「 Vatra 」とは、強制されてはいませんが、行った方が良いことという意味です。もし、これらの義務を怠るならば、良い結果は得られないでしょう。戒律を破ることにはなりませんが、僧侶を支援する人々の信用を裏切ることになるのです。しかし、もしそれらの義務に励むなら、人々のあなたへの尊敬の念は強くなります。このプログラムで 奨励されている毎日の義務を勤めることで、煩悩を焼き払うことができるでしょう。 僧侶としての毎日の修行 托鉢に出かける 寺院の掃除 懺悔 読経と瞑想 内観 戒師のお世話 健康のための運動 仏法と戒律の学習 寺院財産の保守 品行方正に努める
13 November 2009 I Read the full story

中道の精神

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

この度は、短期出家コースでの修行をお許しくださいまして、誠にありがとうございました。古式に則った正式な出家得度式を身をもって体験させていただき感激いたしました。特に、タンマガーイ寺院の僧侶の皆様20名が暖かく私たちの出家 [...]

瞑想は体験しなければ分からない

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

この度は、特別のお計らいの短期瞑想研修を、実践させていただきまことに有難うございました。多少は書物を読みかじり「瞑想」の何たるかは理解しておりましたが、私が考える以上に高度で奥の深いものでした。これはやはり、実際に体験し [...]

普通では絶対に体験できない

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

今回のコースには、本当に私は参加する予定ではなかったのですが、ラオスのビエンチャンで朝倉さんに会ったことで、私の旅の進路は急激に変わり、あれよあれよの内に、この国際短期出家コースに参加させていただくことになりました。
[...]

貴重な体験

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

第1回国際短期出家コースに参加して僕が思ったことは、瞑想にお腹に仏像と水晶球が見えるという事が信じられなかったけど、少しだけ見えた感じがしました。
僕はこのコースにあまり参加したくありませんでした。なぜかというと仏教その [...]

本当に感謝の気持ちでいっぱい

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

8月8日早朝4:30分スワンナプーン国際空港に着きまして、落ち着くまもなく、タンマガーイ寺院にAM8:00に入りました。この出家コース参加を決めたのは8月2日頃です。急なことで何も準備もできず、心の準備もできずに参加させ [...]

真の僧侶である心と行動

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

去年行われたタンマガーイ寺院での国際短期出家コースに参加し、今回2回目の参加となりました。前回はチェンマイでの瞑想コースが終了し、本人に戻る途中にランパン県でバス事故に遭って、3度の手術を経験するという波乱万丈の展開でし [...]

この体験を他の人にも分かち合っていきたい

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

私は日本のタンマガーイ別院にご縁をいただいて以来、家でかなり長い間、瞑想に取り組んできたつもりですが、「定水を凝らすといえども識浪しきりにさわぐ」と言うように、雑念が絶えず湧いてきて入り口にも入ることができませんでした。 [...]

僧侶の生活

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

成田を8月5日に出発して、タンマガーイ寺院の宿舎に着いたのは夜中でした。何も分からず参加したのですが、参加した皆さんがとてもいい人ばかりだったので、とても良かったです。お経も良く覚えていない私でしたが、吉野さんやルアンピ [...]

短期出家コースで学んだこと

November - 18 - 2009 Reporter: admin Respond

私達は朝起きて、瞑想をして、掃除をして、ご飯を食べて、瞑想して、ご飯を食べて、瞑想をしました。私はそれが楽しくて楽しくてしかたなかったです。楽しすぎて毎日、顔がにやけていました。仲間のつまらないダジャレに毎日大爆笑してい [...]

とても貴重な体験

November - 16 - 2009 Reporter: admin Respond

私は第1回国際短期出家コースに参加させていただいて、指導してくださったお坊様やスタッフの方々にとても感謝しています。このようなプログラムは日本ではなかなか考えられない企画だと持っています。そういう意味でも、とても貴重な体 [...]

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このウェブサイトは、ある男たちの物語を紹介します。日本人である彼らはタイ王国を訪ね、今まで体験したこともない境地を挑戦しました。2500年以上伝えられてきたブッダの教えを学ぶために、短期間で仏門に入り僧侶の人生を体験しました。その体験は言葉で言い表せないほどなものでした。この体験によって彼らは自分の人生の目的を見つけました。 彼らの物語から皆さんは自分が必要としていることに気づき、自分の人生の目的を見つけ、仏教の真髄に触れることになれることを、心から願っています。

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普通では絶対に体験できない

On Nov-18-2009
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いい友達ができた

On Nov-16-2009
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修行について

On Nov-13-2009
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短期出家コースで学んだこと

On Nov-18-2009
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貴重な体験

On Nov-18-2009
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