10
September , 2010
Friday

Japanese Dhammadayada Ordination Programe

【8月コース】 2010 年8月6日~29日

この度は、短期出家コースでの修行をお許しくださいまして、誠にありがとうございました。古式に則った正式な出家得度式を身をもって体験させていただき感激いたしました。特に、タンマガーイ寺院の僧侶の皆様20名が暖かく私たちの出家を見届け下さったのみならず、数多くのスタッフの方々、信者の皆様方が私たち修行をサポートしてくださいましたことに感謝いたしております。 チェンマイで修行は、イスの生活に終始し、瞑想に慣れていない私には肉体的に大変なことでした。しかし、一生懸命やるんだが気を張りすぎずにやっていけばよいのだ、という中道の精神に則った先生方の暖かいご指導とお導きを頂戴し何とか当初の予定を終了することができました。 瞑想体験に関しては、まだまだ入口に立っただけの状態です。しかし、自分の意思で意図的に頭をまっさらにし、あちこち動き回る心の存在を意識し、その心を対象に釘付けにするという修行が、爽快感をもたらし、自身の気持ちを明るくしていくということを学びました。足が痛かったら、イスに座ってもよいから、心を対称に統一するように努めなさい。でも、がんばりすぎてはいけません。遊び半分、という意識が必要ですよ」というお言葉は、非常に新鮮でした。瞑想は涅槃に導くものであることは理解していたのですが、その瞑想が私たちの身近にあるものであることを自覚いたしました。今後、バランスよい人生をおくるためにも、少しずつでも続けていこうと思っています。 また、「食」は自らの楽しみのためではなく、健康な人としての修養のためにあることを修養道場での食法に則った食事や托鉢の経験を通じ、身を以って学ばせていただきました。お掃除や洗濯係といった作務も大切な修行の一環であり、私たちの修行を支えてくださっている在家の信者の皆様たちのための作務でもあることを学ばせていただきました。 最後に、この度のすばらしい経験を与えてくださいましたタンガーイ寺院の僧侶の皆様、スタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。 再拝 高橋尭英 立正大学教授
私はこの国際短期出家コースを正直軽く考えていました。参加する前は。なぜかというと、私が出家しようと決心をした理由は単純に親のため、上座部仏教徒として、徳を積むため、そして、タイの文化的に人生に一度は出家しようと思っていたからです。だから最初に想像していたのは、朝からお経を唱えて、瞑想して、掃除して、ひたすら僧侶としての日常を繰り返すだけの生活でした。しかし実際にコースが始まると、そうでもありませんでした。 私はまったくと言って良いほど、人との出会いに期待していませんでした。コース参加中に協力し合って適度に仲良くなってと、まぁ、そんな感じの人が集まっているものだと予想していたからです。その分、他の参加者と顔合わせ、自己紹介をしたときには驚きました。まず、平均年齢が予想以上に高い。そして皆宗教に詳しい。すんごい瞑想に興味がある。飛び入り参加者の人がいる。自分は宗教については大学で得た知識くらいしかなく、瞑想なんて滅多にやらない。ましてや独りで自転車で中国から南下なんてして来ない。こんなレベルの高い人達の中にいるのは、場違いなのではと思いました。だからその時、ここにいる人達を少しでも多くしゃべらせて、少しでも多くの知識をもらって帰ろうと考えました。その考えは多分当たりで、思ったよりも多くの知識を得ることが出来ました。日本の仏教のこと。インドの仏教のこと。そしてもちろん僧侶達の説法でタイの仏教についても。ここで得られた仏教についての知識だけではありませんでした。ある男性からはタイの地方の現状についておしえてもらい、ある男性からはヒンドゥー語を教えてもらい、ある男性からは向上心の大切さを学び、ある僧侶からはパーリ語を教えてもらうことが出来ました。他にも色々ありますが、めんどくさいので省略。周りの人々は、尊敬できる人ばかりで、日本に戻っても会いに行きたいと思えるような人ばかりでした。 もちろん、僧侶生活からも学んだ事はたくさんありました。日常における僧侶としてのマナー。これには本当に感心しました。日ごろの行動が心の状態につながると言うこと、食事のマナーだを見てもなるべく音をたてないように食す。食器は洗う前に拭く。これは、心を静かに保つことにも繋がっており、洗う前に拭くのは洗う人が楽になるようにというちょっとした気遣いにもなっています。ひとつひとつの行為に納得できる理由があり、理解できるようなものでした。他にも歩くときには、なるべく足音をたてないなど、実践してみると、自分のやっていることがとても上品なように見えなくてもなくて、軽く良い気分になれたりしました。この時点で、その行為が心の状態につながりがあるということがハッキリと理解できたと思います。 ところで、瞑想ですが、最初はただひたすら眠くなるだけで、特に何も考えてなかったのですが、やっているうちに視点が変わってきました。瞑想が心を落ち着けると言うのは、本当だと確認が出来ました。そして、瞑想の後はとても心が落ち着いており、日本に戻ってからも、試験の前や、暇な時に気が向いたら、瞑想をしたいという気持ちになれました。様々な人に出逢い、様々なことを理解できたことのイベントは、私にとってビックイベントだった出家をさらにビッグにしてくれました。普通に出家していれば、周りの人は皆同年代で、このコース程、知識人が周りにいなかったでしょう。なので、私はこのコースに参加できたことをとても嬉しく思い、感謝しています。 永島奈
第1回国際短期出家コースに参加して僕が思ったことは、瞑想にお腹に仏像と水晶球が見えるという事が信じられなかったけど、少しだけ見えた感じがしました。 僕はこのコースにあまり参加したくありませんでした。なぜかというと仏教そのものに興味がなかったからです。でもこのコースに参加して仏教に興味を持とうかなという気持ちになりました。日本では体験できないことがたくさん出来てよかったと思います。このコースの参加者の人達とも仲良くなれたし、僧侶の方々ともたくさん知り合えたので良かったです。 日本に帰っても、日本別院にちょくちょく行きたいと思います。今思うとこのコースも短かったなぁと思いますが、すごく良い経験になったし、学校では学べないこともたくさん教えてもらえたし、少しだけどタイ語の勉強にもなりました。このコースが始まる前は色々と心配事が多かったけど今は慣れた感じがします。 1番心に残っているのは、やっぱり「剃髪式」と「出家式」だと思います。剃髪式は、信者の皆さんに切られたときはハサミに髪が挟まってすごく痛かったです。出家式の時は、出家の言葉を独りでいうところがすごく緊張しました。出家してからは、僧侶の人と見習い僧の区別がすごく、やっぱり僧侶と見習い僧は違うんだなぁと思いました。初めての托鉢は、僕みたいなのがご飯をもらっていいのかなという気持ちになりました。チェンマイでの托鉢は、総本山で托鉢した時よりも、もっと申し訳ない気持ちになりました。 とにかく、貴重な体験が出来てすごく良かったです。 本当にありがとうございました。 角田政太
今回のコースには、本当に私は参加する予定ではなかったのですが、ラオスのビエンチャンで朝倉さんに会ったことで、私の旅の進路は急激に変わり、あれよあれよの内に、この国際短期出家コースに参加させていただくことになりました。 もちろん、自慢の髭をそってまで参加するのですから、仏教と瞑想には興味があったのですが、まだ年齢も若い上に、学生の頃もあまり勉強をしなかったので、実は仏教に限らずですが、知識があまりになく、そのせいで他のコースの参加者、つまり、大学の先生や生徒、その人並みの人達と話すことができるのか?また迷惑をかけることがないかと不安もありました。しかし実際に会ってみると、皆優しく、穏やかで、私が分からない所も丁寧に教えてもらったりして、とても楽しく過ごすことが出来ました。特に年も近い永島君と角田君には、私よりも年下なのに、2人共とてもしっかりしてて、驚かされたと同時に、たくさんのことを学ばせてもらいました。コース自体の内容も、とても良く、野外で寝てその日のご飯も食べれるか分からない生活をしていた私にとっては、寝床も食事も最高級で飛び入りの私には申し訳ないくらいでした。スタッフの方々や僧侶の人達の手厚い対応は言うまでもなくマックスで、それらの恩(ここでは功徳でしょうか?)に少しでも報いようと私なりに頑張ったつもりなのですが、残念ながら、瞑想についてだけ言えば、3週間も修行をしましたが、光どころか、水晶球すら見えず、今だに四苦八苦してます。しかしながら、それ以外はとても充実してて、同じコースの参加者の(本当に)多種多様な人達と話し合えたり、対の偉大な僧侶に会えたり、タイの文化に触れることが出来たり、おまけに出家までさせてもらい、普通では絶対に体験できない貴重な経験をたくさんすることが出来て、おかげで少しは自分の知識も人間性も成長できたと思います。今回の短期出家コース3週間は長いようであって、あっという間に過ぎてしまい、物足りない気もしましたが、改めて考えると、このコースに参加したことは、(こんなことを書くのは恥ずかしいのですが)運命だったのかもしれません。 瞑想で幸せを感じることは出来ませんでしたが、タンマガーイのことやタイ人のこと、仏教のこと等を知ることが出来て、すごく幸せです。これを期に、自分の人生の進路が見つけられればいいと思います。 最後に、このコースを提供してくれたタンマガーイ、親切に接してくれた僧侶の方々とスタッフの皆さん、そして一緒に頑張ったコース参加者の人達にお礼の言葉を書いて終わりたいと思います。 本当にどうもありがとうございました。 鈴木法経
私は第1回国際短期出家コースに参加させていただいて、指導してくださったお坊様やスタッフの方々にとても感謝しています。このようなプログラムは日本ではなかなか考えられない企画だと持っています。そういう意味でも、とても貴重な体験をさせていただきました。このコースでは、タイ国という海外での体験というだけでも貴重な体験なのですが、具体的には、まず一般信者の目線でタイの上座仏教を見つめることが出来ること。次に出家してタイ国の僧侶としての目線で上座仏教を見つめ、修行することが出来ます。このように様々な視点から仏教を学び、修行することが短期間で可能にしている点が大変素晴らしいと思っています。このコースのプログラムは瞑想が中心となっています。机上の学問として仏教を捉えるよりも、瞑想による「仏教体験」を主としている点も、まだ仏教を良く知らない方にとっても受け入れやすい実践的修行体験だと思います。 コース全体を通して、とても素晴らしいのですが、私は特にお布施に感動しました。私が僧侶となった時、多くの信者の方々にお布施をいただきました。ただし、ここで勘違いしてはいけません。彼らは渡し個人にお布施してくださっているのではないと思います。彼らは自らの功徳積むために心から喜んでお布施をしています。その対象は私に対してではなく、私という僧侶を通じて「仏教」そのものへお布施しているのだと思います。私は仏教者の担い手としてお布施をしてくださった信徒の皆様に心から感謝するだけではなく、彼らの幸せを心の底から願いました。私にとっては、まったくの他人である彼ら、しかも異国の彼らに対してこれほどまでに純粋に「どうか彼らに幸福が訪れますように。」と強く音方のは生まれて初めての体験でした。これほどまでに人に対して優しい気持ちに慣れたのは生まれて初めてなのです。このような優しい心を持てる体験はタイ国タンマガーイ寺院のおかげです。タンマガーイには瞑想以外にもこのような素晴らしい体験があるのです。 小川喜芳
この度は、特別のお計らいの短期瞑想研修を、実践させていただきまことに有難うございました。多少は書物を読みかじり「瞑想」の何たるかは理解しておりましたが、私が考える以上に高度で奥の深いものでした。これはやはり、実際に体験しなければ分からないものです。 私が今回研修させていただいた理由は、私が現在学んでいるのは大乗仏教です、同じ仏教とは言いながら、小乗、上座部の仏教その違いを仏教国タイにおいて学べる、「瞑想」を柱とした、タンガマーイで、私の指導教授である 三友、高橋、両教授とともに研修させていただいた次第です。 「瞑想」に関して言えば、単純に坐を組めばいいというものではないし、自分自身の瞑想するテーマどのように構築していくか、これが瞑想する事前の基本であると思います。 私は、瞑想センターに来る寸前に、副住職様の事務所にご挨拶に伺いました この時にご講義いただいたのが、やはり瞑想です。そして1ポイントから7ポイントまでの人体モジュールを用いての説明でした、理論整然としていてこの説明頂けなかったら今回の「瞑想」は一歩も踏み込めなかったであろうと思います。 今回の私のテーマは「自分自身」です、雑念をそぎおとして、ピユアな自分自身に、その自分との対自です、とてもとてもだめでした、しかし、瞑想する自分がニュートラルな自分にと、試みてみました。一度だけイメージ対象を変えて瞑想を試みた結果多少の不思議体験がありましたが100%ではありません。この1から7までのステップ、インドのヨガチャクラ、中国の気功等とはまったく違います。このステップの理論をもっと噛み砕いたうえで瞑想を実践すればとも思いました。 最後になりましたが、ご指導いただいた、導師の諸先生に深く感謝いたします、揺ぎ無い確固たる信念、大きく深い寛容の精神、優しく魅力ある指導力、ものすごく魅力を感じました。 簡単でございますが、タンマガーイ寺院のますますの発展を心からお祈りいたします。 立正大学大学院 仏教学専攻 博士後期   近藤信一
この度、タンマガーイ寺院国際短期出家コースに参加させて頂きまして、本当にありがとうございました。今回は第1回という事もあり、大変光栄です。 私はタイ人の知人に誘われて4ヶ月ほど前に、初めてタンマガーイ寺院栃木別院に参りました。寺院はお坊さんをはじめ、集う信者の方々の笑顔が絶えず、とても明るい雰囲気の中、瞑想を教えて頂きました。最初は瞑想の効果も僅かではありましたが、確実に心の安定に作用していることを実感し、日常的に実践するようになりました。そんな折、本コースの開催を知り、迷うことなく参加させていただきました。参加するに当たっては栃木別院の住職をはじめ、皆様の支援により、嬉しさと共に多少の責任も感じておりました。その後とがごんコースを終了するまで終始心の支えとなりました。感謝します。 本コースは3週間という短期間の中で大変凝縮された内容でした。得度出家をするまでの特訓、様々な儀式や多くの高僧の説法、そして出家して僧侶となってからチェンマイに移動しても瞑想三昧の日々。お坊さんの指導を受けながら、1日に合計すると6時間にも及ぶ瞑想は、徐々に、しかし確実に刻一刻とその質が変わっていくものを実感しました。身体に痛みを感じたり、怠けが出て苦戦しながらも瞑想によて得られる幸福感や心の穏やかさは言葉だけでは表せないものです。それによって、日々での物事の観方、感じ方が確実に冷静で的確になったように思います。重要なのは、これから俗世間に戻っていってから実践していくかですが、瞑想を持続していく事で、どんな困難にも対応していけることを確信しています。 今回は紙面には示しきれない程、大変多くのご縁に恵まれ、タンマガーイ寺院での短期出家をさせていただきました。この喜びをすべての生きとし生けるものに廻向すると共に、すすべてが幸せになることを強く願います。ありがとうございました。 渡辺 佳英
私は出家コースに参加するため、タイ国タンマガーイ寺院に来ました。来る前、日本で出家のお経の練習をしてきましたが、タイで練習を始めるとなかなかうまく出来なくなり、3人での練習もうまくいきませんでした。でも、出家本番ではうまくできました。初めての体験で驚くばかりでしたが、無事出家式も終り、チェンマイのワットギウロムに来て瞑想を始めました。風景もとても綺麗で、心も落ち着いて瞑想もやりやすかったです。托鉢も初めて体験をし、信者さんの家を廻り、信者さんの気持ち、とても心に感じるものがあり、私もしっかり修行しないといけないと思いました。私の得を信者にあげました。ワットギウロム・パナワットでの瞑想は私にとって、充実した日々でした。瞑想の結果も今まで以上に良くなりました。僧侶の教えもとても分かりやすく、教えてもらい嬉しく思い、これからも瞑想をたくさんやり、自らをはっきり見つけたいと思います。そしてもう一度チェンマイへ来て瞑想をやりたい気持ちになりました。チェンマイは日本の長野と同じくらいの気候なので、とても過ごしやすかったです。 この経験を日本に帰っても続けていきたいと思います。そして日本人に説明をして瞑想をたくさんの人にやってもらうように勧めたいと思います。私はこの出家コースに参加し、仕事や家族のことを忘れて参加したことは無駄ではありませんでした。タイの妻と結婚をしたからこの出家コースにも参加が出来たと思っています。 尾坂泰治
去年行われたタンマガーイ寺院での国際短期出家コースに参加し、今回2回目の参加となりました。前回はチェンマイでの瞑想コースが終了し、本人に戻る途中にランパン県でバス事故に遭って、3度の手術を経験するという波乱万丈の展開でした。 その後、5ヶ月間僧侶を続け、また、時間のある時は友人僧侶の翻訳等のお手伝いのボランティアをしていました。お手伝いをする原因となったのは、コースに参加し1週間程でそれまでの瞑想では得られなかった体験をしたからです。それは何度か現れていた光り輝く玉が体の中心に位置すると、ゆっくりと透明に変化していったことです。玉の隅々までハッキリと見透ける、輝くような透明でした。 その後は二度と現れることはなく、この体験をしたくて、この短期出家コースに参加したこともいえます。又、タンマガーイ瞑想を夫婦で実践してから、家庭内が平和になり、自分自身の欠点である短気さが幾分治まったように感じたからです。 しかし、昨年の体験から一つの不安がありました。それは「托鉢」をチェンマイでの寺院で何度か行うと言うことでした。日本では「布施」と言う行為が多くの宗教によって悪用されており、それが日本人の宗教嫌いに結びついています。それがタイでは、布施する者とされる者が純粋な功徳を得る行為として息づいていることです。自分自身が布施される立場になってみると信者側のひたむきな信仰心が伝わってくることは勿論、僧侶の「偽善のない自分自身の役割への真剣さ、命を懸けた、ひたむきさ」が実感されたのです。自分のような言わば遊び半分のような短期出家者が受け取れる行為ではないと恥ずかしさと後ろめたさで一杯でした。今回は前回と違って日本語コースと言うことで、前回の夕方のお経を唱える時点で、「布施・托鉢」に関して、僧侶が毎日、何を自分に問うているのか、良く理解できました。人の施しで生きている僧侶が一時もこのことを忘れることなく、自分自身を見つめ、修行し、信者のために、功徳を生じさせることに心を粋いているかを知りました。今の自分に布施を受ける資格があるとは言えませんが、せめて短期出家の期間が終わるまでは、一時も気を抜くことなく、真の僧侶である心と行動、言葉使いを心掛け、信者さんの気持ちを裏切らないようにと誓いました。 チェンマイでの最終回に「托鉢」を行いましたが、何軒かの家はとても貧しく、ご飯のみを布施してくれました。 布施は金額多力でもなく、物品の豪華でもなく、布施する者の気持ちであることが真から理解できました。 来年以降も日本人短期出家コースは開催されるでしょうが、この「托鉢」体験を多くの人達に体験してもらいたいと思います。 仏教国であった日本人であれば、このコースでの「托鉢」を体験すれば、仏陀の説く「布施」の真の意味が分かると感じました。 瞑想の上達に関しては、ただ瞑想だけを一生懸命やっても意味がないことを今回の参加で遅いですが知ることができました。 短期出家コースに於ける総ての訓練一つづつに瞑想の上達につながる効果があるのです。住職の言葉である。 「昔の悪い行いは忘れ、よい行いだけを思い出す。これからは良い行いだけをする」を心掛け、子供時代の純粋な気持ちに戻れるよう努力して、瞑想に励みたいと思います。 このような貴重な体験をさせていただいたルアンポーをはじめ僧侶・寺院関係者、ご支援くださった信者の方々に心より厚くお礼申し上げます。 吉野周治
8月8日早朝4:30分スワンナプーン国際空港に着きまして、落ち着くまもなく、タンマガーイ寺院にAM8:00に入りました。この出家コース参加を決めたのは8月2日頃です。急なことで何も準備もできず、心の準備もできずに参加させて戴きました。 最初から戸惑いが多く、瞑想の何たるかも分からず、合格するかも分からず、心配で心が重苦しく感じていました。このコースを決めたのは、タイ人である奥さんの進言です。毎日慌しい思いをして働いている私に、少し『心と体』を休めに行ってくださいという思いが強い事を知り、不安はありましたが思い切って決めました。 出家式の勉強もチームの皆さんの力で何とか助けて戴き、何とかクリアすることが出来ました。ありがたく思っております。出家という人生には得がたい体験をさせて戴いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。僧侶の皆さんに教えて戴いた瞑想もこれからは毎日5~10分でも続けていきたいと思っております。 色々な体験をさせて戴きました。又、色々な説法も聞かせて戴きました。これらのことは、私の残りの人生に必ず役立たせたいと心に決めております。 特に托鉢については感動しております。タイ人の暖かい心の原点はこの托鉢にあるのはないかと思います。見ているだけで心がなごみます。僧侶の皆様、スタッフの皆様、又、托鉢戴いたタイ国の皆様、この体験は決して忘れません。皆様のご足労を無駄にしない為にも、これからの人生をあらゆる面で頑張りたいと思います。 最後に、チームの皆さん、何かと頑張ることが出来ました。 どうもありがとうございました。 見田博

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修行について

Posted by admin On November - 13 - 2009 ADD COMMENTS

修行について
コースの要約

段階
 
修行内容

1.
 
入門指導、体操などの訓練

2.
 
瞑想と基本的仏法の学習  

3.
 
瞑想 出家得度式のリハーサル

4.
 
出家得度式

5.
 
仏教戒律の学習と実践、及び 瞑想リトリート

6.
 
瞑想リトリート

7.
 
毎日の修行の成果とコースに対する感想の記入

 
 
 

日程表

時間
 
活動内容

04:30
 
起床

05:00
 
瞑想 朝の読経 慈悲の瞑想

06:30
 
様々な義務  /  自由時間

07:30
 
朝食

09:00
 
説法を聞く、瞑想

11:00
 
昼食

13:30
 
説法を聞く、瞑想

16:00
 
飲物を摂る

17:30
 
自由時間

18:30
 
説法を聞く、夕の読経、瞑想

22:00
 
就寝

 
 
 

義務
出家の目的は、俗世を離れ煩悩を絶つことです。このコースに参加して、十分に瞑想に浸る好機を得ることで、渇望からの束縛を解き放ち、きっと真実の幸福を見つけることができるでしょう。

僧侶は、仏教の教義に沿った毎日の義務に勤めることで、煩悩から解脱します。義務( kicavatra )とは、「 kica 」と「 vatra 」の 2つの単語が合成したものです。
「 Kica 」とは、 非常に重要だと考えられているために、強制されている義務のことです。そして、「 Vatra 」とは、強制されてはいませんが、行った方が良いことという意味です。もし、これらの義務を怠るならば、良い結果は得られないでしょう。戒律を破ることにはなりませんが、僧侶を支援する人々の信用を裏切ることになるのです。しかし、もしそれらの義務に励むなら、人々のあなたへの尊敬の念は強くなります。このプログラムで 奨励されている毎日の義務を勤めることで、煩悩を焼き払うことができるでしょう。

僧侶としての毎日の修行

托鉢に出かける
寺院の掃除
懺悔
読経と瞑想
内観
戒師のお世話
健康のための運動
仏法と戒律の学習
寺院財産の保守
品行方正に努める

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このウェブサイトは、ある男たちの物語を紹介します。日本人である彼らはタイ王国を訪ね、今まで体験したこともない境地を挑戦しました。2500年以上伝えられてきたブッダの教えを学ぶために、短期間で仏門に入り僧侶の人生を体験しました。その体験は言葉で言い表せないほどなものでした。この体験によって彼らは自分の人生の目的を見つけました。 彼らの物語から皆さんは自分が必要としていることに気づき、自分の人生の目的を見つけ、仏教の真髄に触れることになれることを、心から願っています。

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利益

On Nov-14-2009
Reported by admin

僧侶の生活

On Nov-18-2009
Reported by admin

貴重な体験

On Nov-18-2009
Reported by admin

ストレス解決

On Nov-15-2009
Reported by admin

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